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きのうみたものについて、書き損ねていた。 すずめの重みで撓んだすすき。穂の近くにとまって見事なすずめ付きすすきになっているものもあれば、位置取りが低かったのか、とまったとたんにぐにゃんとすすきの背が折れてすずめがふんわりみえなくなるものもあった。 あれはああいう遊びなのだろうか。おかしくてひとり笑った。風子といっしょに歩いてることも忘れてしまった。 アルバイト先からの暗い帰り道、iPodの白い光がわたしの吐く息を白い粒の群れにしてみせてくれた。たのしくて、歌う声が大きくなった。「ローヌの岸辺」。 口を大きく開ける。穴から関節のない黄色い腕が二、三本あらわれて、夜の冷たい空気に触れようとして、惑星がちらちらみえる紫色の空に指を届かせようとして、上へ上へ伸びる。けど、それほど長くならない。 口を閉じてカーブミラーに投げた光を自分の目で捉える。眩しいけどみれないほどじゃない。 いつかあの道で、濡れたムカデをみた。 イチョウの黄色い葉をきょうも照らしてみよう。小さい扇が珍しいのだ。 若い木の葉も毎年落ちて腐る。去年とは違う葉っぱ。 落ち葉の濡れたあまい匂い。
 宵闇でいっぱいになった部屋には酸素が足りていないせいなのか、昼寝から目を覚ますと体が暑かった。 ところがベッド横の窓をほんの少し開けても変わらない。それじゃあ気にするのをやめてみようと右向きにまあるくなっていると、やっぱり熱いし苦しいし、重い。被っている布団の数を減らせばいいんだろうけど、厚いタオル生地を頬や手から取り上げたら気持ちよくなれない。眠たいのだから、ほんとうはもう一度眠りたい。ただ、体の火照りだけが余計なのだ。 いまは右に倒した両膝の間にすべての布団を挟んで、右の肩と腿以外の体を天井にみせている。 頭のなかのおしゃべりが早く止まればいいのにとおもう。そのためには、こうして書いたり描いたりするのがいい。散歩はおしゃべりをさらに盛り上げる。 あのときみた雲をきのう、わたしは体に纏った。 iPodの白色の照明の前を通り過ぎてゆく小さな愛おしい粒、それは雲じゃないけど、光は月ではないけど、わたしはうれしかった。うれしくなるほかなかった。 わたしは宇宙のコピーを見出したいわけでも、低濃度の理想をみたいわけでも無い。この位置に拡がって過ぎてゆく水の粒に、わたしは触れていた。 あのひとのすきそうな、淡白な味の焼き菓子みたいな葉が、公園のアスファルトに、濡れるとてらてらと光るこの岡の土にひっついていた。 風のみえない夜に粒々が行き交う。 わたしのための世界だった。誰かのためと勝手に決めつけるくらいなら、そういってしまったほうがいい。
わたしの背中を押した手の平。 わたしの体に刺しこんだ刃の柄を握る指。 わたしの首を絞める紐で赤く膨らんだ指。
『ゴッホ——燃え上がる色彩』を読んでいる。激しく点滅する衝動と景色の色が体から飛び散るから、葉書を栞にして本を閉じた。 誰にもわからなくていいじゃないか。誰かはわかるに決まってるだろう。いつまでも狭間を歩いていこう。そしていつか落っこちて、帰り道を無くそう。語り手のいないところへ。そのあとはありません。
石井桃子さんの訳した『ギリシア神話』を読んでる。 アトラスが空をずっと持ちあげていないと潰れるような世界なら潰れてしまえばいいんだ。 小山田壮平の「OH MY GOD」を聴くと、地団駄を踏むように歩き続けるリズムとメロディー、たまにぬけてゆく涼しい風のコーラス、空をみあげて込み上げてくる声、うつむいても止まない誰かへのおもい、繰り返しつぶやく呪文を追体験する。 だけどこれは壮平のじゃなく、わたしの感触なんだな。 悔しさとか、かなしさとか、おもいどおりにならないことで熱くなったからだに冷たい空気がふれた。 ふとまっすぐをみつめると、竹林が揺れている。 恥ずかしさでまた熱くなったからだは、しばらくするとおだやかに揺れはじめた。
体調がいまいち安定しない。やり直す夢ばかりみる。睡眠時間が長いせいかな。 静かな夜がなかなか来ない。ざわざわ、ぐらぐらしてる。おもいだす照明はいつもオレンジ。人も物も近くで瞬いて、夢をみると遠のく。 このあいだ、はじめて空間を知った。以来、たまに空間を作って自分を立体的にしている。 左腕を布団から出すと冷たくていいきもち。空気きもちいい。 うたいたくてききたい歌。どこへでも行きたい。
 ひさしぶりに会った友だちは、わたしのふくらはぎの裏に、細かい砂を少しずつ落としてくれた。 「わたしとか、風子の毛がさらさらのときみたいに、さらさらの砂だよ」というと、友だちはわたしの髪を触らずに、わたしの掴んだ砂と少し離れたところの砂を持ち上げて、掌からこぼした。「わかる」。 ざわめき、人の動きを排除してしまうカメラで友だちを撮るのがいやだった。だから砂浜に寝そべって、小さなクロッキー帳に5Bか4Bの鉛筆で、海を歩く友だちをぐりぐりと描いていた。 そのあいだ友だちはわたしの左前に、波のなかで見つけた貝殻をしとしとと置いていった。 わたしはこのひとに会うまえから生きていたけど、このひとがわたしのガラスにヒビを入れてくれたんだな。 ゆるい下り道を自転車で駆け抜けた。友だちの最速はわたしの最速より速い。 海が右の視野にたくさん映ると友だちは減速して振り返り、「まじでいいなあ」と叫んだ。透明でも空っぽでもないけど、たしかに友だちからみえた世界をほんの少しでも表したそのことばが、わたしはうれしくて、動揺した。わたしのうたっていた「スランプは底なし」がますますこの世界と乖離するからおかしくて笑った。