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 あなたとわたしの全てを台無しにしてしまうようなわたしの不安は、決してわたしだけに巣食うものでは無いのだと、それがあなた自身や、この社会に生きる名前の知らない隣人にもずっと前から降り続ける雨なのだと、あなたは言う。傘からはみ出た肩を雨で濡らしながら、あなたはわたしに傘を渡す。開いた透明傘に、ぼた、ぼた、と、わたしやあなたの言葉を能無しにしようとする言葉が、振る舞いが、暴力が落ちて、さらりと、一寸先に落ちた。水溜りをみつけて、あなたはわたしに「気をつけて」と言う。わたしはつま先を水溜りの淵のぎりぎりまで寄せて、わたしのさした傘地から滑った雨粒が、水溜まりに飛び込んでゆくのをみつめる。疲れたし、もうずいぶん濡れているのに、傘をさして、水溜りを避けて歩くのが嫌になったから。あなたがわたしのいる水溜りを何十個も何百個も超えたところで、歩みを止め、わたしをみた。わたしの名前を呼ぶ。遠くにいるはずなのに、あなたの言葉はまるですぐそばで聞いてるみたいに、はっきりと、くっきりとわたしの耳と目に届く。雨が止まない。歪んだ雨粒が、あなたのさした傘の露先を伝って、あなたの手を濡らした。わたしは水溜りを飛び越えようとして、かかとでそれを踏んづけてしまう。腐った雨粒が足首を濡らした。それでも何個も何個も飛び越える。あなたが誰かに渡すために持っているたくさんの傘を、わたしも一緒に持って歩いてゆくために、飛び越える。あなたはそこにいる。わたしもここにいる。ずぶ濡れの体を抱えて歩いてゆく。
 衝動で、あるいは流れにまかせて、自分を置いてきてしまった。あの人の何にもならないかなしみや息のできない苦しみを置いてきてしまった。連れてこられたらよかった? でも、あれを背負って走るなんて無理だった。歩くなんてもっと無理だ。細い一本道は駆け抜けないと落っこちる。 だから窓から見える景色が突然引っかかりなく流れ出したときは何も言わずただ唾を飲んだ。