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うれしい。 はじめて手作りしたバナナケーキとクリームを、セピア色のランプのしたで、母と父と次兄といっしょに食べた。 次兄が「すばらしい」と褒めてくれた。母も父も、おいしいって、言ってくれた。 テーブルのまんなかには、空色斑点の貘、ステンドグラスのツリー、頭のうえで炎をゆらめかせながら「You melt me...」のパネルをもつ雪だるまの姿をしたキャンドル風ライト、おかあさんの大事なファンタジアのミッキー、ガラス窓にオレンジ色の灯りが透けているえんとつ屋根のお家が、おかあさんの手で丁寧に並べられていた。 川のように流れていくクリスマスソング。柑子色に輝くリース。舌のうえにのびるクリームのやわらかい冷たさ。固いケーキを噛んでひろがるバナナの香り。 掬う網はちがっても、あのときあったものは、わたしと母と父と次兄でそんなにちがってないはず。それでもやっぱり、同じではないとわかってるけど、それはただ、わたしの手があなたの手じゃないという、それだけのことだ。 わあ、「それだけのこと」だって! 夕方の空は鼠色も白色も桃色も青色も光って、たまに降る雨とあられが眼鏡レンズを濡らした。友だちに送るための色と形を探して、切り取る。 飛行機は桃色に輝いて飛んでいた。月は白色を超えて濃くまろやかに光る。こちらからは、そうみえていたよ。
  光る青色をみた。みたよね。信じてあげたいな。何回もみあげて、ことばを探したよね。内側と外側が引っ付くような。 明るい灰色の雲が水色に混じり合って空になってた。わたしはこれになりたいって言ってた。そういうことにしたよ。 ちくちく。 積もらない雪とニュースでながれてきた消えない雪がぐちゃぐちゃになって身体の内からは音も聞こえないのに声が出る。 あいさつ。癒せるように繋げている足跡。
 大きくてすばしっこい風が、白色のままの雲を分厚く遠くまで拡げて、全然無くならない雨を降らした。 どんどん冷たく霞んでいく空気に雨がひっきりなしに落ちてくる。ひたひたになった竹林が揺れることを諦めたみたいに、もったり揺れているのをみた。 それもこれも雪の前触れ。 おやすみなさい。もうすっかり眠たいから。
 市野川容孝の『身体/生命』を読んだ。扉がいくつか現れた。 正確には、と続けたいところだけどわたしにはまだそれがどんな素材でどこに開かれているのか、わからない。わかったのはただそれが開くことのできる存在であるということだけ。だから、「現れた」だけでは満足できない。 わたしの脳内に確かにあった「死ぬべき」の理論が、魅力のないものと判断されて消えた。わたしの脳はなんて簡単なんだろう。 わたしにとって、役に立つのは願望でなく義務だ。願望は短期的な欲望の素で、ほとんどがなるべく早く達成されるべき課題(それ意外は妄想)でしかないけど、義務は揺らめいても自主的に消すまで消えない火、行動の指針、判断の基準、存在の前提だ。 これはわたしひとりで獲得したものじゃない。温かい息を感じている。それが嫌じゃない。やっと歩いていけそうな気がする。 きみのことが全然わからなくても、瞳を覗けなくても、濃密な地面をばらばらのまま、たまに並んで歩きたいとおもう。これは、妄想。
 『羅小黒戦記』を長兄と観に行った。電車を一駅乗り過ごしたり、病院で敬語を忘れたりしたけど、ちゃんと映画館に着いたし、「女の子なんだから」という医師に「関係ない」と言えた。 良い映画だったんだとおもう。点のまま繋がっていない要素がなかったから。 映画中で明らかにされないことは「説明されないこと」として、説明されないことは「正しいこと」として物語世界に組み込んだ。慣れた作業だった。わたしの住む世界の「当たり前」や「公式」のあり方とまったく同じだから。 いつも「あらかじめ」用意されて消えない板。なにも持たない手から「己」を守るために、なにも持たない手を伸ばさせないように、目が届くかぎりの人間ひとりひとりに渡される板。 眠たいはずなのに、眠れないのは、寝ようとしなかったからかな。 穏健でいることが成熟の証なのかな。急いで走って叫んで死ぬところをみたかもしれないけど、死ぬために走ってたんじゃない。 「考えてみろ」という無限のセリフがいやだった。「とっくに考えたさ」。 ちっぽけってなんて大きいんだろう? ちいさく体を折り畳んで枯れた葉っぱをつついている。いつのまにか自由には責任がセットになっている。当たり前ですか? もっと小さく、もっと静かにって、口に指を当てた赤っぽい皮膚の人が囁く。 人間なんて嫌だ。嫌だ。よくわからない世界でいつまで生きるんだろう。はやくほんとうの世界に行きたいよ。新世界も普遍も正解もいらないから、ほんとうの世界に行きたい。どこに行ったらほんとうに着く? ことばを捨てたら着く?  6って紫色だよね。6はもともとすきだけど、紫だから憧れも混じったすきだ。紫は赤と青のまぜまぜだから近寄れない。赤と青が混ざるなんて、なかなかできることじゃない。そのままでいるなんてできない。6はそれでも紫色だ。6。
わたしの腰より低い背高泡立草たちが自転車の曇ったライトに照らされて、乗車型アトラクションの途中で出会う、固まったまま踊るオブジェみたいに揺れていた。しなりながら前後に大きく揺れていただけ。 風のことなんてすっかり忘れていた。