投稿

おもしろい本をもちあるく。句点が多くて、字間も、すこしたっぷり。くすぐったくなりながら、すこしずつ読む。 希死念慮を、いぬのおなかで、やっつける。おでこに、名前のしらない葉っぱを、しゃらしゃらやる。こまるたび、そらをみた。
このあいだみた、「アデル、ブルーは熱い色」が、まだ体にのこってる。みんながそれのために退いたから、置き場所はたんとある。ただ、いまは、もうちょっと、遊びたい、つれまわして、ときどきそっと、おもいだしたい。 おかあさんと、元町のおもちゃ屋さんに行った(TOYHOFっていうの。木のおもちゃを、高知県や香川県で、手づくりしてるんだって。四国に行ってみたいな)。おかあさんがお買い物をしてるあいだ、シーソーにぶたとうさぎときりんとわにを均等にのっけたり、 木琴を、もっきんと鳴らしたりしてたら、お店の人に、わんわんをもらった!お月ちゃんをみてる。うれしくて、きゅーっとまぶたにひっつけて、夜ごはんも、帰り道も、いっしょにいたよ。どうもありがとう! みんな、なんてやさしいんだろう! いまね、おじいちゃんのお家にいるんだよ。たっぷり書きたいことがある。でも、きょうもなんでか眠たいの、あのね、はじめて日曜礼拝にいってきたよ。だいじな人のだいじな教会。わたしはうとうとしながら、ジュバルや、マイクをおもった。
「アルジャーノンに花束を」をよんだ。かぎ括弧なのは『世界のSF(短編集)現代編』をよんだから(すぐにほしくなって古本屋さんに駆け込んで、『アルジャーノンに花束を』をみつけて、そっともどした。どうしよう? 長編だったなんて!)。 ぎょっとして、なんども文字から顔をあげる。授業中、たまんなくうれしくなったわたしをおもいだす。コンサータをのんで、トンネルを全速力で走ってたわたし。みんなの声はわあわあと反響したままだけど、まっくらやみの向こう、それまで遠くにあった白い光が、ずっと近くなった。走っていれば、すぐにたどり着く場所だった。 おかあさんが、タオルをまきなさいっていう。わたしはタオルをまくのが苦手なの。体はとくに。お寿司をたべるのに紙エプロンをつけるような、ちょうどそんな気もち。恥ずかしいし、妙だとおもう。 だけどおかあさんは、ぼく(おかあさん)がいやなのっていう。ほんとは知ったこっちゃない。よくわかんない。でも、いやなのはいやだから、明日から、ちょっと努力してみることにする。 アルジャーノン、あたらしいおまじない! ねむたいの。だからまたね。記録する勇気を、チャーリィにもらった。
あったかくて、こなっぽいわたしたちに、雨がふる。染み込んで、ひたひたにして。きみを、地球にひっつける。 なにもかも、まぜまぜになる春。 カエルはまぶたをゆめでぬらして、早朝と夜と真昼を、いっぺんにみていた。
「ああ、また夜だ! きのうも西日をみたな、あしたも? そういえば、きのうは夜をみたかな。図書館のおおきな窓をみた。ばつぐんに明るくて、ちょっとうらやましくなっちゃった。そうだ、おとといは星をみた。真下からみているみたいで、やになったけど」 神経過敏と正直は、三階のベランダを気にいっている。軽音部の音に耳をすませたり、こちらから歌ってやったり、するのだ。「インナージャーニー」と「稲穂」と「それでも夜は星を連れて」。先生がわたしをみあげ、黄昏てる?と聞いた。
黒々とした道で、『LIFE』を聴いた。三月の乾いた風だとおもっていたものは、案外しっとり晴れた夜の風でもあった。わたしはそれを許して、走ったり、跳ねたり、ステップをふんだり、ターンをしたり、顔を上げたり、するのだった。
暗く、ひんやりとして、清潔な早朝は、夜まで続いていた。だから、雨のなかを笑って駆けたり、水たまりを7つ踏んづけたり、インナージャーニーを、大きな声で歌ったりした! 旅に出よう、旅に出よう、旅に出よう。 たっぷり泣いたあとは、ねむたくなる。いかなきゃ、果ては、るうりら。とぅとぅとぅ。