居候33日目。昨日か一昨日、洗面台の鏡にうつった自分の右目頭が、汗で銀色に、生々しく光っていた。卵を抱えたししゃもの腹みたいだった。
土曜日。居候先の住人たちと瀑布の飛沫を浴びたり、滝のあたりのぬるぬるすべる石の上を注意深く踏んだりした。木々でつくられた木陰の道から滝のそばまで急な階段を降りていくと、風光はすぐに細めた目でぼくを見上げて、川の水を催促した。
高さが60メートルあるわりには、落水は軽やかで滝口は浅くて狭い。「広場」と名付けられているそこに、子どもやその保護者たちがすべりながら足を水に浸してあちらこちらにうろうろしていた。ぼくと住人も、履いてきたスニーカーと靴下を脱いで、持ってきたサンダルに履き替える。
住人はしばらくして、ぼくの腰ほどの高さの岩で隠された、小さな滝口を見つけた。広場よりも水深が深いからあたりで遊んでる子どもたちはそこへ行かない。住人に呼ばれて背伸びしてみると、流れの感じない水がたっぷり溜まっているのが見えた。ぼくは住人に止められたら戻ろうと思いながら、歩けば歩くほど水がかきまわされて見えにくくなる川底を進んだ。湿って青々とした苔を生やした石にそうっと手のひらをあずけ、薄暗い滝壺を覗く。ひたひたに溜まった深緑の水に白い水が落ちてる。ぼくは、すぐそこにある滝壺に手をひたす気持ちにもならず、ポケットに入れていたスマホを取り出して、写真を撮った。画面のなかの濡れて暗い色になった岩や石に囲まれる水の塊をみて、Instagramで8年ぐらい前にみて以来あこがれている、透き通った青緑色の川を思い出す。ぼくはひとりで住人や風光が立っているところに戻った。
住人がぼくに「ええ夏休みになったな」と、昨日も、きょうもいった。