居候29日目。
午前11時ごろから、明日回収されるダスキンを使い切ってしまおうと、ぼくと居候先の住人のふたりで大掃除がはじまった。ほこりを吸う機械の音よりも大きく鳴り続けるスピッツの『ひみつスタジオ』に、ぼくと住人はときどきダスキンのモップから手を離して踊る。汗が肌の上を滑って気持ちい。

その姿真似るよ
可笑しいね手毬 変わりそうな願い
自由気ままに舞う 君を見てる
可愛いね手毬 新しい世界
弾むように踊る 君を見てる
(スピッツ/手毬)
ひとあしさきにほこりを集め終わった住人が、機械とスピッツの音で詰まったぼくの耳に「掃除終わったらいっしょに休憩しようね、キャンデー食べよう」と言う。汗と何かで汚れて白くかすんだ眼鏡ごしに、キャンデーをもつ住人をみつけた。ぼくはしあわせを逃さないように、必要以上に大きな声で「うん、もうすぐおわる!」と返す。
掃除を終えて、手を洗い、住人がもっているのと同じ薄黄色のアイスキャンデーを右手に持って、ソファに駆けこむ。住人が隣で、半分食べ終わったキャンデーをぼくに掲げ、ふたつのキャンデーがコツンとぶつかる。スピッツの「アケホノ」が流れてる。住人はまたぼくにキャンデーを向ける、ぼくはそれにキャンデーをぶつける、またぶつかる、もう一回、ぶつかる。

生きていて良かったそんな夜を 探していくつもの
夜更かしして やっと会えた朝
(スピッツ/アケホノ)

できすぎだ。ソファに座ってから、住人とアイスで「乾杯」するあいだ、ぼくと住人はなんの言葉も発さなかった。非言語のサインを読み取る力を持たざるを得なかった住人と、その読解を求められながらも理解できなかったぼくが、2人で、汗をかいて、同じ歌を、そばで、横並びに、聴いている。小さな涙がぼくの目尻を伸ばす。住人の足元で、風光が寝てる。住人が風光のふわふわの顔を包んで、かわいいね、かわいいね、と言う。ぼくはしあわせに堪えられなくなって、高い声で「あー!」と叫ぶ。住人は何も言わない。ぼくはわからない。それでかまわなくなった。

アケホノに誓いましょう 昔じゃありえないあの
失ったふりしてたクッサイ言葉
諦めるちょい前なら 連れて行くよ怖いかな
もう大丈夫 泣いちゃうね ほわんと淡い光
(スピッツ/アケホノ)


1よりつまらなくて、だけどそれより最悪な状況を、ぼくたちは乗り越えなきゃ行けない。続きを作るんだ。