居候10日目。
名前を呼ぶ声で目が覚めた。わたしのだとは思えないけど、居候先の住人がわたしを呼ぶときに使う名前だ。窓の外も時計もみない。たぶん夕方だ。お昼ごろ、わたしを起こした人と夕方に買い物に行く約束をしてたから。
階段を降りていくと、「ぽっぽちゃん、待ってたよ」と言われる。さっきわたしを呼んだ名前とは別の名前。住人はたまに、わたしを「ぽっぽちゃん」という。どういうときにそう呼ばれるかはわかってないけど、住人の機嫌を知ろうとするのをやめたいから、わかりたいとも思わない。
住人がわたしに、きょうは2つのお店に行くと言う。わたしがお昼に、「あちこち買い物に行くのはいやだ。せめて3つまでがいい」と伝えたからだ。わたしを安心させようとしてくれてる。ほっとして、住人ふたりと買い物に行く緊張が和らぐ。
スーパーで、買い物カートを右手で押しながら、住人は左手でわたしの右手を握っていた。
薬局で、アイスを買って店内を「競歩」で走る住人を、走っちゃだめだよといって追いかけた。
濃くて優しくはない夕暮れ空を指すと、住人は「茜空だね」とわたしに言った。
赤信号で停車中、全開にした車の窓から、「きょうのぼくの家はハンバーグだよ」と言った。住人は「きこえるよ」と笑いながら言ったけど、心からうれしそうに笑ってるようには聞こえなくて、ほっとした。