右ももに虫がとまっていた。よくできた水滴みたいに、ぷっくりとちいさい。藻と石と宇宙がまじったような背中と、茶色くて繊細な足。生きもの静けさをもっていた。これまでにみた虫のなかで、いちばんだとおもった。
だから、講義がはじまるまでの10分間、左手に虫をのせて、とんでもなく走った。名前を教えてもらいたかったから。どうしようもなく、同級生に見せるけど、先生たちにもおすそわけしたくて、でも、誰もいないのだ。
きょうの晴れは出来がよくて、走るのに最適。
チャイムが鳴って、木のうえに虫をおいた。虫はさいごに、おしりから、ちいさな水滴をだした。透明で、びっくりするほど可憐だった。
おかあさんがもうすぐ死ぬ夢をみる。抱きついた視界のはしに、すいかがあった。
さっきの虫は、爽楽に似ていたな。